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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1284号 判決 1979年3月26日

控訴人

小林一

牧野銀蔵

松永太一

以上三名訴訟代理人

宇津泰親

池田輝孝

被控訴人

小川漁業協同組合

右代表者

橋ケ谷金次

右訴訟代理人

天野保雄

主文

原判決中控訴人らに関する部分を取消す。

被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用及び原審における訴訟費用中、控訴人らと被控訴人との間に生じた分は、被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

(一)  本件連帯保証契約の成否及び効力について判断する。

(1)  控訴人小林一の先代亡小林鹿蔵(同人が昭和四五年一月一八日死亡し、右控訴人がその唯一の相続人であることは当事者間に争いがない。)及び控訴人牧野銀蔵、同松永太一名下の印影が各同人らの印章によつて顕出されたものであることについては争いがなく、<証拠>を総合すると、訴外小林了は、静岡県焼津市に船籍港を有する第二一福徳丸及び第二二福徳丸を所有してまぐろうきはえなわ漁業を経営しているもの(昭和二六年から和田屋漁業株式会社を設立してその代表取締役として右営業をしているが、右会社は小林了のいわゆる個人会社である。)、控訴人小林一の先代亡鹿蔵及び控訴人牧野銀蔵は、いずれも小林了の親戚にあたり、右会社の仕事に従事し(小林鹿蔵は昭和四一年三月に取締役に就任した。)、控訴人松永太一の家は代々右小林方の漁業に従事し、同控訴人も長期間同所で働いているものであること、小林了は、被控訴組合から従来、漁業経営資金の貸付を受けていたところ、昭和四一年五月初旬、更に追加貸付を受けようと考え、被控訴組合の理事で船主でもある訴外富田金五郎、吉田光雄に連帯保証人となることの承諾を得たうえ、小林鹿蔵、控訴人牧野銀蔵、同松永太一に個別に面談して、同人らに対し、被控訴組合から漁業経営資金の貸付を受けたいが、前記両名が保証人となるから迷惑をかけることはない旨告げて連帯保証人となることを依頼し、それぞれその承諾を得たこと、そして、小林了は同月一〇日頃、被控訴組合の担当課長西田敏夫に対し右五名の者が連帯保証人となる旨を告げて貸付申込をし、同日一四日の役員会において承認されたこと、そこで、小林了は、前記会社の事務員藁科典枝に命じて同月一八日頃、小林鹿蔵、控訴人牧野銀蔵の妻から同人らの実印を借受け、また控訴人松永太一からは直接実印を借受けて、右印章によつて同月一八日、右三名の印鑑証明書の交付を受けたこと、そして、前記西田課長が金銭消費貸借証書用紙に右三名の住所、氏名その他所要の事項を記入し、小林了方の事務員に連帯保証人の捺印を得てくるよう手交し、小林了方において前記印を用いて右捺印がなされたうえ、前記印鑑証明書を添付して被控訴組合に提出され、かくて同月三〇日付をもつて貸付金額を四五〇〇万円とする被控訴人主張のとおりの金銭消費賃貸借契約が締結されて右貸付金の授受がなされたものであることが認められる。

<証拠判断略>他に右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実からすれば、小林鹿蔵、控訴人牧野銀蔵、同松永太一は、いずれも小林了を代理人として本件貸金につき被控訴組合と連帯保証契約を締結したものというべきである。

(2)  控訴人らは、小林了が小林鹿蔵ら三名(以下単に控訴人らともいう)に対し、主債務の額を秘して連帯保証を依頼したもので、もし右額が告げられていたならば、控訴人らは決して連帯保証を承諾しなかつたものであるから、控訴人らの連帯保証承諾の意思表示は重大な事項について錯誤があり無効といわなければならないと主張する。

たしかに、<証拠>によると、右小林は控訴人らに承諾を求めるに際し、借受金額その他契約内容を告げていないことが認められる。

しかし、前認定の事実によると控訴人ら三名は、借受金額の決定を含めて通常の契約条件による保証契約の締結についての代理権を小林了に与えたものとみるべきであるのみならず、<証拠>を総合すると、大方の船主は被控訴組合から高額の借入をして経営をしている状態で、かかる状態は前認定のごとき関係にある控訴人らも承知していた(なお、小林鹿蔵と控訴人牧野銀蔵は、かつて小林了の被控訴組合に対する本件類似の債務につき保証人となつたことがある。)ものと認められ、かつ小林了から本件貸金が経営資金であることを告げられていたことは前認定のとおりであるから、これらの事実からすれば、控訴人らは本件貸金が少額のものでないことは、保証を承諾する際これを了知していたものと推測するに難くないものというべきである。

従つて、控訴人らの前記錯誤の抗弁は失当であつて採用できず、本件貸金についての控訴人らの連帯保証は有効であるといわなければならない。

(二) そこで、進んで控訴人らの民法五〇四条に基づく免責の抗弁につき判断する。

(1) 被控訴組合と小林了との間に、本件貸金を含め控訴人主張のとおり三口の貸金(以下、右各貸金のうち右主張の(ロ)及び(ハ)の貸金をそれぞれ(ロ)貸金、(ハ)貸金ともいう。)が存し、右各貸金についてその主張のとおり担保(但し、漁権担保を除く。)が設定されていたこと、第二二福徳丸が昭和四二年六月八日、漁権を含めて代金九三五〇万円で、第二一福徳丸が昭和四四年七月五日、少くとも六四五〇万円で売却されたこと(第二一福徳丸の売却代金に関し、船舶の代金が一九五〇万円か一二五〇万円かについては争いがあるが、漁権の代金が五二〇〇万円であることは争いがない。)第二二福徳丸の売却代金をもつて農林漁業金融公庫の貸金及び(ロ)貸金(本件貸金)に対する控訴人主張のとおりの額の弁済に充てられたことは、いずれも当事者間に争いがなく、右事実と<証拠>を総合すると、第二二福徳丸の前誰売却代金九三五〇万円の内訳は船舶五八八〇万円、漁権三四七〇万円であること、第二一福徳丸の前記売却代金のうち船舶の売却代金は一二五〇万円であること、右各売却代金をもつて、前記のほか被控訴人主張のとおりの弁済に充てられたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) ところで、控訴人らは、本件貸金((ロ)貸金)についての保証人であるから、本件貸金債務について弁済したときは民法五〇〇条所定の法定代位権者となることはいうまでもない。

従つて、控訴人らは、民法五〇四条に基づいて、被控訴人が故意又は懈怠により本件貸金につき担保を喪失したときは、それによつて償還を受けることができなくなつた限度において保証債務を免れるものであることも明らかである。

ところで、<証拠>によると、本件貸金についての第二一、二二福徳丸両船舶に対する抵当権設定契約においては、抵当権設定者は被控訴人の書面による承諾がなければ右抵当物件に受けている漁権の放棄、譲渡等の処分をしてはならない旨の約定があること、<証拠>によると、(ハ)貸金についての第二一、二二福徳丸両船舶に対する根抵当権設定契約においては、右同旨の約定のほか、被控訴人が右両船舶とともにその漁権をも代物弁済として取得できる旨の約定があること、<証拠>によると、被控訴人は、第二一、二二福徳丸に対して抵当権設定を受けた本件貸金債権を昭和四二年二月八日静岡県信用漁業協同組合連合会に質入したのであるが、その際、被控訴人は小林了と連署して右連合会に対して、漁権については連合会の文書による許可なくして売却又は処分をしない旨の念書を差入れていることがそれぞれ認められる。

これらの事実と前掲証人尾上行雄及び当審証人彦坂正敏の各証言に漁業法の諸規定を併せて考えると、いわゆる漁権とは、漁業法に定める指定漁業を営むに必要とされる許可、あるいはその許可を受けて漁業を営むことのできる地位をいうものとみることができるところ、それは漁業法にいう漁業権(同法二三条一項)のような実定法上の権利とはいい難いけれどもそれが漁業経営上の利益を伴うところから財産的価値があるものとして取引の対象とされ、ある程度の取引相場価格があるところから、漁業金融に関しては船舶と一体として担保価値が把握されているのが、一般であり第二一、二二福徳丸の漁権についても右一般の例にならつて前示約定がなされ、その結果船舶及び漁権の任意売却代金をもつて前示のように被担保債務の弁済がなされたものであることが認められる。

従つて、第二一、二二福徳丸の漁権は、本件貸金債権を右の意味において担保しているといつて妨げないものというべきである。

もつとも、民法五〇四条の趣旨からすると、同条にいう担保は、物的担保である場合には、任意競売等による換価代金等をもつて優先弁済権が確保されているいわゆる特別担保でなければならないものと解すべきところ、漁権は、それ自体に右のごとき担保権が設定されているわけのものではなく、また前掲証人彦坂正敏の証言によると、船舶の任意競売に際しては漁権も競落人に移転するが、競落代金額は漁権の前記取引価額を斟酌せずに船体のみの価額によつて定めているのが競売実務一般の取扱例であることが認められるから、かような取扱いを前提とする限り、本件漁権についてなした前記特約による実際的効果を目して担保といつてみても、その実質は、結局任意売買による買却代金によつて満足をはかるよりほかないものであり、これらの点を考えると第二一、二二福徳丸の漁権に関しては直ちに民法五〇四条を適用することは困難であろう。

しかしながら、更に翻つて民法五〇四条の立法趣旨が抵当権等によつて担保された債務につき保証人等になつた者の利益、すなわちたとえ債務者に代つて弁済しても債権者の有する担保権を実行することによつて自己のなした弁済につき債務者から確実に求償できるとの期待を保護することを目的とするものであること及び債権者、債務者間の債権の履行を確保するための特約に基づく権利も代位の対象となり、弁済によつて代位権者に移転するものであることを併せ考えると、前述のごとく船舶抵当権と一体として取引上担保価値の把握されている漁権についての前述の意味での担保も、同条に直接該当する担保と同様に遇せられて然るべきもので、代位権者の期待自体の保護という観点においては両者の取扱に差異を認めるべき合理的理由もないから、抵当権の設定されている船舶が漁権と一体として任意売却された場合には、右漁権についても、同条を少くとも類推適用して代位権者の保護を図るのが相当といわなければならない。

ふえんすると、保証人の同意を得ずに船舶に対する抵当権を解除して漁権とともに任意売却させ、その売得金をもつて競合債権者間の弁済に充当する以上は、当該保証債務の債権者としては、これによつて保証人の責任、負担が加重されないように注意しなければならない取引上の注意義務を当然負つているものというべきであるから、競合債権者間の弁済の充当は、法定もしくはこれに準ずる優先順位及び取引の通念に従つて適切になされるべきであり、これに反する方法による弁済の充当は、他にこれを正当ならしめる特段の事由の存しないかぎり、債権者の故意または懈怠によつて担保保存義務に違反するものとして、保証人は右適切な充当方法によつた場合に当該主債務に充当されるべき額の限度において、その責を免れると解するのが相当というべきである。

そこで本件についてみると、前記(二)(1)判示の事実と前掲<証拠>によると、第二二福徳丸の前示売却代金九三五〇万円(船舶五八八〇万円、漁権三四七〇万円)について、まず弁済された第一順位抵当権者農林漁業金融公庫に対する残債務充当額三九四七万二五二七円(元本三八四五万三二五〇円、利息一〇一万九二七七円)は、登記せられた債権元本額四九〇〇万円及び利息一六六二万八三五円(昭和三九年一二月二五日から昭和四七年八月二八日まで年七分五厘)の範囲内で、かつ利息は最後の二年分を越えていないこと、本件貸金のための抵当権は第二順位であり、昭和四二年六月八日当時の残債務は四三六七万五三九七円(元本四二〇〇万円、利息昭和四一年一二月三一日から年九分一厘の割合による一六七万五三九七円)であること、株式会社金指造船所に対する第二二福徳丸の造船代金の未払債務についての抵当権は本件貸金についての抵当権に劣後するものであり(なお、第二二福徳丸は商法八四二条八号の航海をなさざる船舶に該当しないから右未払代金債務について先取特権も成立しない。)、また被控訴人の(ハ)貸金についての抵当権及びその他の一般債権者も本件貸金についての抵当権に劣後するものであることが認められるから、右の順位に従つて漁業の売却代金もともに弁済充当すれば、前記農林漁業金融公庫に対する弁済分を差引いた残額は五四〇二万七四七三円となり、免責の基準時となるべき担保の喪失時すなわち第二二福徳丸の売却時(昭和四二年六月八日)現在における本件貸金に関するすべての債務合計四三六七万五三九七円は、右残金をもつて完済されることとなる。

もつとも、<証拠>によると、本件貸金については、被控訴人の主張するとおりの利息付割賦弁済の約があり、これによって債権者たる被控訴人においても期限の利益を有するわけであるけれども、小林了は前掲金銭消費貸借証書第一条所定の事由によつて期限の利益を喪失し、本件貸金については期限が到来したものであるから、被控訴人としても元本及び前示日時までの利息の弁済を得れば本件貸金債務は全部消滅することとなる。

なお、被控訴人は、第二二福徳丸の漁権の許可名義人は、前示売却当時小林了であつたが昭和四二年九月一日前記訴外和田屋漁業株式会社に変更された旨主張し、右主張事実は<証拠>によつてこれを認め得るけれども、右の名義変更は前述のように控訴人らに関して免責を生ずべき前示売買の後のことに属するのみならず、右名義変更にも拘らず右漁権の売却代金をもつて小林了の各債務の弁済に充当したことは前示のとおりであるから、右名義変更の経過はともかくとしても、右漁権が小林了の債務の担保とされていたことは終始変りがないものというべきである。

他には前判示の弁済充当方法により得ない特段の事由は認められない。

(3) 被控訴人は、本件消費貸借契約及び連帯保証契約においては、民法五〇〇条、五〇四条の適用を排除する特約があると主張し、本件金銭消費貸借証書の第三条には、右主張の趣旨の約定の記載のあることが認められる。

しかし、前記(一)(1)(2)認定の事実からすると、小林了が控訴人らに対し本件保証を依頼するに際しては、その約定についてはなんら言及せず、控訴人らは前記証書の条項は全く知らされていなかつたものであり、また被控訴組合においても控訴人らが右の約定を了承しているか否か(<証拠>の契約条項及び控訴人らの生活歴からして右特約条項の趣旨を理解し了承しているとは一般に考え難いところである)について確認の措置をとらなかつたもので、控訴人らとしては右のごとき特約によつて責任が追及されることがあるなどということにまでは思い至らず、十分な担保があるものと信じて保証を承諾したものであると推認し得るものである。

右のごとき事実及び適切な弁済充当方法をとれば第二二福徳丸の売却代金をもつて本件貸金債務全部の消滅をはかることが可能であつた等の前記(二)(2)判示の事実関係のもとにある本件においては、右特約の効力を認めて控訴人らの免責を認めないことは、控訴人らの予期に反してその負担を無用、不当に加重させ、反面格別の首肯しうべき理由もなく保証人の利益を無視した恣意を容認することとなり、被控訴人の利益保護に偏するとの謗を免れ難いもので、信義則に反し許されないものというべきである。

なお、<証拠>によると、小林了の被控訴組合に対する債務の支払に関して保証人の会合が何度か開かれ、右会合において前記保証債務計算表を作成してこれを被控訴組合に提出したものであること及び同表の記載によると控訴人らは各金一一〇万円を負担することとされていることが認められるけれども、控訴人松永太一の前掲本人尋問の結果によると、同控訴人は前記会合において右金額の負担につき不同意の意思を表明していたものであることが認められ、前掲各証言も右認定の妨げとなすに足らず、その余の控訴人らが右会合に出席して右金額の負担につき承諾していたことを認めるに足る証拠はない。

してみれば、前記のごとき表が作成提出されている事実は、前記特約の効力を認め得ないとする前示判断に消長を及ぼすものではないというべきである。

(4) 以上説示したところによれば、控訴人らは、本件貸金についての連帯保証債務に関し、すべて免責されたものであり、従つて被控訴人の本訴請求は失当といわなければならない。<以下、省略>

(安岡満彦 内藤正久 堂薗守正)

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